たまたま旅に行こうと思って、たまたま行った先であった、不思議な出来事。
 たまたまって、小さな奇跡なのかも知れない。

 仕事先へ向かう途中のバスの中で、たまたま見上げた先にあった広告。
 それは、何の変哲もないただのダイヤ改正の吊り下げ広告だった。
 しかし、その行き先に僕は興味を持ったのだ。
 S宿朝第三バスターミナル0時半発×→A田駅6時半着×
    0時発○ →A田駅6時着○ 

 これだけ。でも、たまたま見つけた北国の名前に、僕は強く引かれた。バスに揺られながらも、目的地に到着するまでその広告から目が放せなかった。

 そして仕事終了後、ある思いが僕の中にあった。一応家には連絡しておく。幸い明日、明後日と仕事は休みだ。文句は言われまい(たぶん・・・。)

 「あぁ、僕だけど。うん、明日から、2連休だから、うん。いや、友達の家じゃなくて、A田県行ってくる」
 それだけ伝えると、僕は返事も待たずに電話を切った。そして、まずはS駅へと向かう電車に乗り込んだ。 

 着替えも、地図も何もない。まさに思いつきの行動ではじめた旅である。
 久しく感じていなかった高揚感が全身を包むのを強く、感じていた。

 百円均一で、一泊二日分の着替えと歯ブラシセットだけ買って、ビニール袋にいれてバス停に並ぶ。バスが来る時間まで後十分。何も手に付かない くらい浮かれている自分に気が付いた。
 常に持ち歩いている文庫本も必要なさそうだ。

 背景が後ろに流れていく。高速道路のオレンジ色のライトがやさしい光を放ち尾を引いては消え、また現れる。
 そんな光景を窓から眺め、高速夜間バスに乗り、A田駅に向かう。不思議と眠くはない。
 少しずつ都心から離れていくに連れ、ライトが少なくなる。そして、道路が山に囲まれる頃には、街灯はひとつも無くなっていた。視界にあるのは、暗闇と隣 の路線を走る車のテールライトのみになっていた。
 窓のふちにひじを付き、頬杖を付く。そしてため息。
 ぐるぐると頭も中をかげめぐる、まだ見ぬ土地への思い。 
 −どんなところだろう。
 −気温はどれくらいかな?
 −雪は・・・。まだ降ってないかな。
 −何か、いい観光スポットはあるかな?
 −あわよくば、友達でも・・・。

 サービスエリアに立ち寄るのももどかしく、早く、早くと心の中で叫んでいた。
 ほんの少し空に色が付き始める。
 A田駅は、すぐ、そこだ・・・。

 予定通りに6時半にはA田駅に着いた。しかし、僕の目指す土地はここじゃない。もっと、もっと田舎の、小さな村なのだ。
 といっても、調べたわけではないので、闇雲にくだりの電車に乗って、ローカル線に乗ろう、というだけの計画とも呼べないものなのだが。

 まずは電車に乗り、終点まで行く。そしてそこから、山のほうに行く電車に乗り換える。
 車両は一両。車内には懐かしい匂いのするだるまストーブがひとつ置いてあるだけ。しかも、石油ではなく、炭で火を調節する、かなり古いタイプのもので、 ストーブの横には木炭を入れたかごが置いてある。
 山奥に入ってきた証拠か、トンネルの中にいる時間が多くなってきた。身震いをする。そういえば、防寒具なんて、まったく用意していない。無計画にもほど があるってもんだ。

 だけど、そこがまた面白い。そこには、飽きた日常ではなく、新しい世界が待っている。携帯の画面の「圏外」の文字がよりいっそうその真実を僕に教えてく れた。
 
 トンネルを抜ける。暗闇になれた瞳が反射的に閉じられる。そして、目を開けると、ダイヤモンドを散りばめたような白銀に輝く世界が待っていた。
 枯れ木に付いたそれは、東京にあるただの枯れ木ではない。自然の結晶をその身に纏った天然の宝石だ。
 声も出せずにその光景に見入る。何も考えられない。考えたくない。ただ、この景色を、光景を、感動を、ただ感じていたかった。

 その後は良く覚えていない。気が付いたら終点の駅に着いていて、ボーっと駅を眺めていた。
 しかし、いつまでもそうしているわけには行かない。とりあえず、一泊する旅館なりホテルなりを探さないと、この寒空の下、野宿しなければいけなくなって しまう。
 駅に備え付けられた地図を見ると、ここからさほど遠くないところに商店街があるという。情報収集も兼ねて、行ってみることにした。
 商店街の名は、
            「豆狸商店街」

 かわいらしい名前だ。それにしても・・・。
 寒い・・・。
 名前の通りの小さな商店街のを散策する。コンビにもない。スーパーもない。
 代わりに、魚屋、八百屋、電気屋、酒屋etc・・・。同じ店はひとつとしてない。何か買おうとすれば、商店街の中で済んでしまうのだ。こんなところの住 民はきっと、家族のように仲がいいのだろう。

 歩きながら宿がないか探す。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。

 ない。困ったことにホテルも旅館も民宿も、一夜を過ごせそうなところは何もない。このままでは凍死しに来たようなものだ。
 どうしよう・・・。
 誰かに聞いてみよう!!

「あのぉ〜」
 一人座り込みぶつぶつ言っていた僕に話しかける声。
 ってか、会話あったんだシーン。この小説。
 僕はゆっくりと声のするほうを向いた。
「具合でも悪いんですか?」
 話しかけてきたのは、僕と同じか、少し年下ぐらいに見える少女。
 つややかな緑の黒髪を腰元までたなびかせた、かわいい子だった。
「いえ・・。少々困ったことが・・・。」
 立ち上がり、体ごと少女の方を向く。
 初めてしゃべった気がする。
 「実は観光に来たんですけど。泊まる所がなくて。」
 正直に話す。
「この時期にですか?めずらしいですねぇ〜。」
 間延びしたしゃべり方。聞いていると、こっちの気が抜けそうな、そんな声。
「ここは十二月になればスキー場が近いから、それなりににぎわうんですけど、まだこの時期だと観光客さんはこないんですよねぇ」
「そ、そうなんだ・・・。」
 すこしつかれる。
「その時期になれば、旅館もあるんですけど、十一月だと、利益がないので店を閉めちゃうんですよね〜」
「なるほど。スキーシーズンしか開店しないのか・・・。じゃあ・・・。」
 やっぱり俺は凍死するしかないのか!!
「うち、来ます?」
「・・・。へ?」
「民宿『豆狸』、臨時開店ですよぉ〜」

 天は僕に味方した。たまたま来た僕に、たまたま話しかけてくれたのが、たまたま民宿のお嬢さんだった。これはたまたまでは済まされない。立派な奇跡 だ!!
 彼女に付いていった先。民宿『豆狸』商店街と同じ名前だ。
「ここが、私のうちです〜」
 まさに家だった。民宿とは名ばかりーといっては失礼だがーふつうの家にしか見えない。
「では、この宿帳にお名前、住所、電話番号を書いてくださいね〜」
 しっかりした子だなぁ。
 手渡された紙に、同じく手渡されたペンで名前を書いていく。
「三好和夫(みよし かずお)様ですね〜。ようこそいらっしゃいました!」
「お世話になります。ところで、女将さんとか、いないんですか?」
「ほぇ?」
「いや、保護者の方にもしっかり挨拶しておかないと・・・。」
「私一人ですよ?」
「・・・。こんな若いのに?」
「若いって、もう今年で35の小母さんですよぉ〜」
 ころころと口元に手を当てて、かわいらしく笑う。
 ・・・。さんじゅうご?さんじゅう・・・。
「三十五!!!!???」
「はい〜」
「同い歳か、年下だと思ってました・・・」
「あらあら」
 
 とても三十五には見えないかわいい女将さんに案内されてきた、小さな神社。
 観光名所はないか、という僕の問いに、
「買い物ついでに案内します〜」
 と言って、この神社に連れてきてくれた。
 何でも、この商店街の名前の元となった狸が奉られてる神社らしい。
「狸が祭神なんて、珍しいですね・・・。」
「この土地に昔から伝わる御伽噺があるんですよぉ。そのお話が真実である証なんですって」
 「御伽噺が、真実・・・?」
 「はい!」
 そし彼女は話してくれた。この土地に伝わる御伽噺を・・・。

 その昔、この土地にいたずら好きな狸がいました。
 狸は、毎日のように村人を困らせては楽しむ、悪い狸だったのです。
 しかし、そのいたずらはたいしたものではなく、右に置いたお箸が左に移動している、とか、ちょっと物を隠す、とか、とても些細なことでした。
 なので、村人も大して気に留めていませんでした。
 むしろ、その狸に「豆」と名をつけて可愛がっていました。

 ところがある日、村の若い衆が大怪我をして帰ってきました。その若者たちの話によると、獣に襲われたと言うのです。
 疑われたのは、豆でした。  
 村人は躍起になって豆を捕まえると、檻に閉じ込めて、なんでこんな悪いことをした!!と問い詰めます。
 しかし、豆には身に覚えがありません。必死に自分はしていない、と叫ぶだけです。そして、豆は餌ももらえぬまま幾日も檻の中ですごす羽目になってしまい ました。
 豆が捕まえられて一週間がたちました。豆を捕まえたにもかかわらず、村人が怪我をする事件は後を絶ちません。
 さすがに村人も、これは豆のせいではなくではなく、別の獣の仕業だと言うことに気がつきました。
 また一人、また一人と怪我をしていきます。
 ついに、村長さんが狙われてしまいます。今まさに獣の爪が村長さんを引き裂こうとしたとき、何者かが現れ、村長さんを助けたのです!!
 それは、豆でした。村長さんをかばった豆は、最後の力を振り絞って、その獣を倒しました。そして、豆は力尽きて死んでしまったのです。
 村人は大いに悲しみました。豆に疑いをかけ、捕まえ、餌も与えずに殺そうとした村人たちを、豆はその命と引き換えに守ったのです。
 そして、村人は豆のために大きな神社を建てました。村を救った。小さな豆狸を神様として奉ったのです。
 それ以来、この土地は天災に悩まれることなく、村も安泰に過ごせるようになったと言います・・・。

「でも、この話には後日談があるんですよ〜」
 相変わらずのおっとり口調で彼女は言う。
「後日談?」
「はい。今でもその豆様が、時々人の地に下りてきて、いたずらをするんです。だから、この土地で不思議なことが起こったら、それは豆様のせいなんです。」
「なんだか、迷惑な神様だね。」
「そんなことないです!いたずらをされた人の元には、小さな幸せが訪れるんですよぉ〜!!」
 いたずらをして、迷惑をかけた人に小さな幸せを授ける神様か・・・。
「なんか、心温まる話しだなぁ」
「ですよねぇ」
 僕はお金を取り出すと、賽銭箱めがけて投げた。柏手を打って、鐘を鳴らす。
 正式なやり方なんて知らないけど、とりあえず豆様に挨拶をしておきたかったのだ。この土地にこられたことに感謝したかったのだ。
 横を見ると、女将さんも同じ様に、お参りをしていた。
「いいことがあるといいですねぇ」
 僕はいいことならすでにあったよ。と言いたかった。
 それは、彼女に出会えたことだ。
 ・・・。恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど・・・。

  神社で御参りをした後は、ほかの観光地も連れてってもらった。昔の農民の生活が人形でわかる、農耕美術館とか、茅葺屋根の残る自然公園と か。
 そして帰りには僕のせいで一人分多くなってしまった夕食の材料を買い、民宿豆狸に戻ったのだった。

「それだでは、夕食の準備をしますので、お部屋で待っててくださいねぇ〜」
 女将さんはそれだけ言い残すと、エプロンを後ろ手に結わいて、台所に入っていった。
 一人残された僕は仕方なく自分の部屋へ戻ってくつろぐ事にした。
 ささくれ立った畳の上に寝転がり、天井を見上げる。特に何を考えているつもりでもなかったのだが、気がつけば女将さんの顔が浮かんでは消え、浮かんでは 消えを繰り返していた。柄にも無い青臭い感傷。十代のガキじゃああるまいし、いまさらときめくなんて・・・。
 でも、この気持ちは変えようが無い真実だった。
「さて〜。夕ご飯ができましたよ〜」
 女将さんがふすまを開け、お盆を持って入ってくる。
「あ、どうも」
 僕はちゃぶ台の前に座ると、彼女のテキパキとした動きに見とれていた。
「はい。いっぱいたべてくださいねぇ!」
 手渡される御椀。しかし、なぜか彼女はもうひとつ御椀を持っていた。
「私も一緒に頂いちゃいますね。一人より、二人で食べたほうがおいしいですよ。」
 満面の笑みを浮かべる。僕は返事に窮して、
「そうですね。」
 なんて、空返事をすることしかできなかった。
 出てきた料理は、家庭料理。どこのスーパーでも売っている、ありふれた食材で作った、普通の料理だった。
 でもその味は普通じゃなかった。
 素材の味を最大限に生かした、最小限の味付け。材料の持つ特性を十分知っていないと出せない味だ。
 そのせっかくの料理も彼女の笑顔にKOされた僕には、たいしたものではなかった。てか、味がわからなかった。




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