1、神社の創生

山深い小さな村。
人の分け入らぬ、不毛の土地ながら、少数の人々が身を寄せ合い、助け合いながら暮らしていました。

山の一部が抉れたような、渓谷にある、この村では、こんな言い伝えがあります。

「この谷は、むかし、大きなへびが暴れまわった所為でできたんだよ。」
と。

もちろん、そんな大きな蛇は村人の誰も(一番長生きしてる長老でさえも)見たことがありません。

だれもが、作り話さ、と口々で言いながらも、
この人外魔境、どんな生き物がいてもおかしくはないのではないか、
と心のなかで、畏怖しながら暮らしていました。

しかも、村から、そう遠くない場所に、その大きな蛇が閉じ込められている、、といわれる洞窟があるのです。
人々はみな、毎日、朝と晩にその蛇に、今日もおとなしくしてくれてありがとうございます。
と御礼いいながら暮らしていました。


そんなある日、一人の男が、なんと、外の世界からやってきたのです。
四方を山に囲まれたこの村に、外界の人間がやってくるなど、思いも寄りませんでした。

しかし、心優しい村人たちは、傷ついたその旅人を歓迎し、介抱したのでした。
それが、後に、この村に幾度も災厄をもたらすとも知らずに・・・。


その旅人は、この山を越えて、南から北へ、自分の住む国へと帰る途中でした。
長老は言います。
「こんな山の中を通るより、迂回して、街道を通ったほうがはやいんじゃないかい?」
と。

村人の言うことは正解です。直線距離ではこの山を通っていくのは、かなりの近道に思えます。
しかし、実際に道もなく、険しい山道を通るより、迂回して街道を通ったほうが、はるかに楽で安全です。

しかし、旅人は答えます。
「体力には自信があったし、簡単に越えられると思ったのです。
しかし、予想以上に険しかった・・・。道が、というより、山自体が人を拒むような、そんな感じがしました」


「それは、この山に住む白蛇様のせいだろう」
長老は眉をしかめながら言います。
「しろへび、さま・・・?」

「今は眠ってらっしゃいるが、元は縄張り意識の高い、荒神だったようでな・・・。
大昔に高僧が命がけで山にある洞窟に封印してくださったんじゃ」

その長老の話を聞いて、旅人はすっかり黙り込んでしまいました。
長老も、旅人の目的や、素性を聞きたかったのですが、何を話しても伏せってしまうので、それ以上の話が出来ませんでした。
それから、すっかり傷も癒えた旅人は、再び、自らの国へと帰っていきました。

そんな、ちょっとした事件がありながらも、それでもこの小さな山間の村は平和でした。


しかし、旅人が旅立ってから、半年。
突如として、たくさんの侍衆がこの町にやってきたのです。

「この村の一番えらいものは誰か!?」
その中でも、最も立派なお侍が、居丈高に長老を呼び出します。

「私ですが・・・。大勢で、一体このような辺鄙な村に何様でございますか?」

「我々南の国は、このたび北の国に戦を仕掛けることにした!
そのために、この村を駐屯地とすることで、北の国に、奇襲攻撃をかけることにした!!
ご協力を願いたい!」

「協力と申されても、このような小さき村。
お侍様方のお役に立てるようなことはとてもではありませんが、出来ませぬ」
平身低頭、それでもきっぱりと、長老は侍の申し出を断りました。

「なに兵糧の提供と、我々の寝所を提供されればよい!
しかし、困った。我々も、次の戦には命を掛けている。
ここで断られるとなると、強行手段にでるしかないな・・・」

そういって侍の一人が、若い娘の一人を抱き寄せ、刀を突きつける。
「ひぃぃっ!!?」


「な、なにを!?」

「我らとしても、穏便に済ませたいのだよ。頼む」

「わかりました・・・。我ら村人は、協力しましょう・・・。
ただ・・・」

「ただ?なにか?」

「白蛇様が・・・」
「白蛇様だと?」

「この山の洞窟に住む、荒神さまでございます。
とても縄張り意識の強いお方で、お侍様方も、ここに来るのに、ずいぶん苦労なさったのでは?」

「確かに、苦労はしたが、なんてことはない。
しかし、ははは!そんなかび臭い言い伝えがまだ残っているとは、お笑いものだな!
妖怪、物の怪など、この世に居るわけがない!」

「し、しかし・・・」

「よい、よい!では、我らが、その蛇とやらを何とかすれば、協力してもらえるのだな?」

「・・・はい・・・。」

「よし、貴様!その洞窟とやらに行って、蛇を退治して来い!」
一番えらい侍は、若い侍にそう、命令しました。

「だれか、案内の者を。
なに、心配はない。もし何かあった、私が主らを守ってやろう」

「は、はぁ・・・」

「で、では、かがみ、いつもお供え物を持って行ってる、お前がお侍様をご案内して差し上げるのだ」
「分かりました、長老様」

かがみと呼ばれた少女は、数人の若い侍を連れて、白蛇様が封印されている洞窟へと向かいました。




あること数時間。洞窟は近くにあるようで、なかなかたどり着きません。
「おい、娘!本当にこの道であっているのか!?
いくらなんでも、時間がかかりすぎているだろう!?」

特に疲れも見せない様子の娘はお供え物を手に、平地を歩くのと変わらない様子で、先に進みます。

「白蛇様に、嫌われているのやも知れません。
村人以外が近づくのは、なにぶん初めてなもので・・・」

「この道、嘘偽りだったら、その時は命はないものと思えよ・・・っ」
「お供え物もしなくてはなりません。確実に、白蛇様のところへ、向かっておりますゆえ、ご安心下さいませ」


普段鍛えている侍たちにも、さすがに疲れが見えてきた頃、生い茂る木々の向こうに、ようやく洞窟が見えてきました。

「こちらでございます」

そういって、娘は洞窟の入り口を侍たちに譲りました。
「この奥に、白蛇様が封印されていらっしゃいます」

入り口の、古くなったお供え物を、今もって来た物と交換して、手を合わせます。
「私はこれ以上は入れません故、ここから先は、お侍様方のみでお進み下さいませ」

手を合わせて動こうとしない娘をその場に残し、侍たちは洞窟の中に入っていきました。


−異様な空気。
敵意が形を成したように、体に纏わり付いてくるようです。

一歩足を踏み入れただけで、ここが違う世界ということが分かります。

−本当に、ここに人間がいていいのか?
−引き換えしたほうが・・・。


しかし、洞窟はさして広くはありませんでした。
たかが数十歩、中に入っただけで、行き止まりになっています。

そして、行き止まりの少し手前。
そこには、人の顔より少し大きいくらいの、丸い鏡が置かれていました。

異様なのは、その鏡が、注連縄でグルグルと何十にも巻かれていること。

注連縄とは、
神を祭る神聖な場所を他の場所と区別す るために張るもので、悪気を神聖な場所に入れないようにするためで す。

本来なら、神のためのもの。
しかし、それが。

今は、とてつもなく禍々しいものに見えます・・・。



「へ、へびなんて、いないじゃないか・・・
ははは・・・」
鏡を手に取った一人の侍が、仲間の方を振り向いた瞬間。

「!!」

なにかが脈動しました。
地面の下から、何かが突き上げるような、感覚。

「じ、地震か!?」

−違う

「は、早く外へっ!!」

−逃がさない

慌てて外に出た侍たちは、いまだに手を合わせ続けている娘の姿に驚きました。

「き、貴様、まだお祈りなど・・・!」
「何かございましたか?」
「なにかも、なにも、今しがた、大きな地揺れが合ったであろう!?」
「私には、何も感じませんでしたが・・・?」
「な、ナンだと・・・?」


突如、大きな音をたてて、侍の持っていた鏡が、粉々に砕けてしまいました。
「うおっ!!?」

「きゃっ!?
・・・!あ、あなたたち、それは・・・っ」

娘は、驚愕の表情を浮かべ、割れた鏡を見つめています。

割れた鏡の破片から、白い煙のような、殺意の込められた何かが、にじみ出てきました。
それは、見る見るうちに空へと上っていくと、一面を覆うほどに巨大なものになりました。


「な、なんだこれは!!」
「は、早く隊長の元へ!!」
侍たちは、一目散に駆け出して行きます。

「あれが、しろへびさま・・・」

娘がつぶやくのを待っていたように、煙は少しづつ姿を鮮明にして行きます。

そして、言い伝えどおりの、大きな。

空を貫き、星々さえ飲み込めるほどの。

白い蛇が、姿を現したのです。



−我が地に足を踏み入れしは汝らか・・・


耳ではなく、直接心に響くような、低い声。
まさに、言い伝えにある白蛇様そのものでした。

−ここは我が住み家。汝等が戦争の火種をもたらすというのなら、容赦はせぬぞ・・・!


長く、雄大な尾を大きく持ち上げると、たやすく木々をなぎ倒しながら、振り下ろしました。
「ひぃっ!?」


戦馴れした侍たちも、さしもの人外相手には、腰を抜かすばかり。
その場に固まるだけで、微動だに出来ません。

−我を忌々しき封印から解き放ってくれたことには感謝しよう。
そして・・・


白蛇様は、その大きな口を開くと、侍たちを一飲みしてしまいました。

−我が血肉となって生きられることを喜びと思え・・・。

一人だけ、残された侍がいました。
兜をかぶっていたので、誰も気がつきませんでしたが、それは、傷つき小村に迷い込んだ旅人でした。


−汝は国に帰って知らせるが良い。ここに我がいることを。
もしそれを忘れて三度この地に足を踏み込んだならば、その時は容赦はせぬぞ・・・。

旅人は、何も言えぬまま、何度もうなずくと、何度もつまずきながら、この地を後にしました。



村人たちは平身低頭。村に戦という災厄をもたらそうとした、侍たちから、守ってくれた城蛇様に、口々にお礼を言います。


−勘違いするなよ、人間。我は我の地を守ったに過ぎん。
貴様等も同じく、この地を汚す、不遜な輩に過ぎぬのだぞ・・・



白蛇様は、人々に一瞥をくれると、ニヤリ、と恐ろしい表情を浮かべ、また、大きな尾を持ち上げました。

「お待ちください」
白蛇様の前に、一人の少女が立っています。
白蛇様に、お供え物を持ってきた、あの少女です。

「私のご先祖様は、白蛇様が復活されることを危惧して、私を残していきました」
少女は語ります。
「白蛇様に伺います。守り神となって頂けませんか?
我々、村人は貴方様を、未来永劫祀り続けましょう」

−我に、神になり、この地を、貴様等脆弱な人間を護り続けろと?
笑わせるな!
貴様等人間など、護るものではない。
・・・狩る物だ・・・。

それ以上、話すことなど何もないというように、白蛇様は尾を振り下ろしました。
それはまるで、地震のようです。
この山を砕き、無理やり谷を作った、自然災害が如き、圧倒的な暴力。
とても、人の手に負える物ではありません。

しかし、少女は動じることなく、白蛇様の前に立っています。
「ならば、仕方ありません・・・」

少女は悲しそうに目を伏せると、白蛇様に背を向け、上半身を露にします。

その背には、不思議な刺青が施されています。

「私は、貴方様をこの地に封じた行者の末裔。
再び、貴方様がこの地を荒らそうとするのなら、その時は、私の命の換えて・・・」

−き、貴様は・・・っ?

「貴方様を、神へと祀りあげます・・・」

・・・人柱。
昔から、災害や、事故、または、その土地の安全祈願の為に、生け贄として人を奉げる儀式。
今、少女は、自分の名前とともに、白蛇様の人柱になり、その荒御魂(アラミタマ)を鎮め、和御魂(ニギミタマ)として祀りあげようとしているのです。

少女の名は、「かがみ」
そして、カガを、巳を、封じるための刺青が、
「かがみ」の背には彫られています。

−そんなことをしたら、貴様も未来永劫・・・っ!

「承知のうえです。
貴方様とともに、神として、村人に必要とされる限り、この地に在り続けましょう・・・」

−お、己・・・!人間めっ!!

白蛇様は、出てきたときと同じように、煙になると、今度は、鏡ではなく、一人の少女の中へと、吸い込まれていきました。

村人が、少女に駆け寄ります。

「大丈夫か、かがみ!?」

『・・・・・・・』

閉じていた瞳をゆっくりと開くと、少女は言葉を発します。

『我が名は「かがみ」この地を守りし、守護の神
我を崇め、奉り、讃えよ!!』

その瞳は、すでに人間のものではなく、ありありと人外の力が宿っているのが感じられました。

「かがみ、様」

村長が呟きます。

少女はゆっくりと姿を消します。

『我を奉る限り、有事の際には必ずや汝等を護ることを約束しよう・・・』

と。

それから、この村では大急ぎで神社が作られました。
この地を、外からの脅威から守ってくれる、白蛇様の力を持った少女、「かがみ様」を奉る為に。


そして、この神社は、

「美鏡神社」と名前を残し、
祭神を白蛇。
祭器を鏡。

として、現代でも、地元の人々に愛されて、奉られているそうです。


終わり


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