Dream・ Dust


プロローグ「相対する者」


我が名は「絶望」
行く末に光を見いだせし者どもを闇の淵に葬るものなり。
未来に希望など持たぬことだ。我は常に共にある・・・。
今一度言おう。
我が名は「絶望」!


我が名は「運命」
何者も逆らうことのできぬ絶対無二の存在なり。
矮小なる者どもよ、我に抗って見せるがいい!
「絶望」をくれてやる・・・。
今一度言おう。
我が名は「運命」!!


・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。

我が名は「希望」
絶望を打ち払い、運命をも凌駕するものなり。
今はまだ一筋の光明なれど、必ずやすべてを照らし出して見せよう。
今一度言おう。
我が名は「希望」・・・!!








第一章
「夢の大地」


頬をなでる涼しげな風。
それが運んでくる世界の香り。
さえぎられることなく降り注ぐ陽光。
およそ室内で寝ているとは思えない感覚が彼の体を眠りから覚ます。

彼の名は「宮里 大介(みやざと だいすけ)」
いや、ここでの彼の名は「ダイス」だ。

「ここは・・・?」
上半身を起こしあたりを見回してみる。
「いくら寝相が悪いからって、起きていきなり草原にいるとは」
体を動かすたびに、さわさわと音を立てる草。
それが見渡す限り続いている。
「すごいな、こんなのTVでもみたことないぞ!」
よっ!と掛け声をかけ、体のばねを使って跳ね起きる。
どうみても自分の部屋ではないこの場所。
「学校もないだろうなぁ」
意外と冷静な自分に内心驚いたりしつつも
今、自分の置かれた状況を把握しようとしてみたりする。

「夜は、自分の部屋の自分の布団で寝た。
そして、目が覚めたら自分の部屋ではない草原にいる。
しかも着てる服までご丁寧に着替えられてる、と」
終了。
完結明瞭でわかり易いことこの上ない。
結果だけ見れば。
しかし、知りたいのはその途中経過だ。

「どうやってここに来た?
ってかここはどこ!?」
ようやく自体の大変さに気がついたようだ。
近代のコンクリートジャングルで育ったダイスにとっては
自然に触れる機会すら稀だ。
「日本じゃこんなとこまずないよな。
ということは、ここは外国か?」
判断すべき材料が何もない。あるのは草。
たまに花。
それと、どこまでも続く空。
「こんなんで何をどうしろっていうんだぁっ!!」
切れた。
「はぁ、っても、取りあえず人に会わなければ」

そう言ってダイスは大いなる旅路を歩きはじめたのだ。
この先、どんな運命が待ち受けているかもしらずに・・・。
「かってなこというな〜〜〜〜〜っ!!!」







一つため息をついて立ち止まる。
いけどもいけども続く草原。
「何でこんなところに来ちゃったんだろ・・・。
あれか、作者の好きな異世界召還物か!?畜生!!」
いつ途切れるとも知れない地平線の彼方を見つめ、またため息が漏れた。
再び歩き出したダイスの耳に、聞きなれた音が聞こえてきた。

「ん?うなり声?」
近所でよくほえているジョンと同種の声が聞こえてきた。
犬が威嚇のときにあげる音だ。
「あ、あそこだ・・・!
いた」
気配のする方へと向かうダイス。
そこには、大型犬の中でもかなりの大きさになる犬がいた。
「でっけえな、なんて種類だろ?MIXかな?」
おいで、と差し出した手に、犬はいきなり噛み付こうとした。

「!?なにすんだ、この馬鹿犬!しつけがなってないなぁ!
飼い主どこだ!!」
飼い主を見つけようとかがめた腰を伸ばしたとき
ダイスは自分が危機に瀕していることを知った。

目の前のしつけのなっていない犬と同種の犬が
数匹、ダイスの周りを取り囲んでいるのだ。
「これって、もしかして、狩り?」
正解。
「狩られるのって、オイラ?」
また正解。
「ふざけるな!!」
ダイスが叫ぶのが早いか、犬(?)たちは一斉にダイスに飛び掛った。

直線的な動き。
確かにすばやいが、かわせないほどではない。
「こちとらからてやっとんじゃい!この程度なら・・・!!」
しかしそれはあくまで一対一の話。敵は一匹ではなく、5,6、7匹。
まずは手足を、そして確実にしとめるためにのど笛を
寸分も違うことなく狙ってくる。
かわし切れずに鋭い爪によって皮膚が削り取られていくのわかる。
血が腕を、足を、頬を流れていく。
目の前で舌なめずりをする獣は、その匂いに
喚起の声を上げる。

時間がかかっても良い。
抵抗されても良い。
確実にこの獲物を仕留めさえすればいいのだ。

「このままじゃ・・・。」
少しずつ増えていく傷口。遠くない未来、ダイスはこの獣
たちの餌になることだろう。
「そんなのいやだ〜っ!!」
ダイスの喉に向かって突進してきた獣を身を翻して、最小限の
動きでかわす。そして、同時にためた腰の回転を利用し正拳突きを放つ。
足、膝、腰、上体、肩、肘、手首。
まるで竜巻のごとく加えられた強烈な回転は
拳一点に集中され、敵のはるか後方まで打ち抜く。
(体が軽い・・・。これなら!!)
今までにないほどのコンディション。
これならかなりのダメージを与えることが出来るはず!!
「っ!!?」
ありえない光景が目の前に広がる。
確かに改心の一撃だった。長いことやってきた空手道の中でも
ベストといっても過言ではない一撃だ。

まさか
これほどとは
!!

頭部を失い、脳髄を撒き散らし、血飛沫を上げながら吹き飛ぶ獣。
元の位置から遠く離れたところに落ちると
ビクビクと痙攣を繰り返している。
「なんだよ、これ・・・。」
呆然とするダイス。
対する獣たちも虚を突かれたようだ。

楽なはずの狩りが、
確実に仕留められる獲物に、
逆に、仲間が殺された・・・。

今まで以上の殺気を張りめぐらせ、獣たちは緊張感を高める。
楽勝モードが一変して本気モードになる。
この獲物は強敵だと。しかし今は呆然としている。
隙だらけだ!
今なら

仕留められるっ!!

ダイスはいまだ動けずにいた。自分のしたことが信じられなかったのだ。
しかしその間にも獣たちは今日の生きる糧を手に入れるべく
襲い掛かって来る。
無意識に動いたとしかいえない。
いまだに失心していたのだから。
だが、ダイスの本能は生きることを選んだのだ。
だから動いた。

自らの生命の危機を脅かすものたちを排除するために!
 
・・・。
・・・・・・・・。
どれくらいの時間そうしていたのだろう。
人の気配を感じて振り向いた。
(敵か!!?)
殺気は感じられない。
振り返った先にいたのは、一人の
少女だった。

「うわぁ〜っ!!すごい!!ストロベリーハウンドを一人で倒すなんてっ!
結構LV高いんだ?」
第一声はそれだった。
わからない事ばかりだ。
ストロベリー?
LV??
実質今まで気を失っていた状態に近いダイスには
余計何のことかわからなかった。

「あ、自己紹介がまだだったね。
私はミルフィーユ。
ミルって呼んで!」
かなりマイペースなのだろう。一人で勝手に話を進めている。
「あなたの名前は?出身地は?職業は!?」
次々に質問を投げかけてくる。
「え?え、えぇ〜っと、名前は・・・。」
(ダイス・・・!)
頭の中で声が聞こえた。そしてそのまま答えたのだ。
不思議と違和感は感じなかった。
「ダイス・・・。そう。オイラの名前はダイスだ!それ以外は!
・・・。思い出せない・・・」
(ってかしらない・・・)
今度は声は聞こえなかった。
「思い出せないって・・・?
記憶喪失かなにか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。

そういうことにしておいたほうがいいだろうか?
いきなり、朝起きたらここにいて、実はこんなところに住んでいるわけではない。
そんなことを言って信じてもらえるだろうか?
それならば記憶喪失ということにしておいたほうがいいのではないか。
ダイスはそう考えた。
(せっかくここがどこなのか知るチャンスだ。下手なことを言って
見限られるよりはいいだろう)

「そうみたいなんだ。名前以外何も思い出せない・・・。
ここはどこだ?」
「ここはストロベリー草原。
ポテチ村と野苺町を結ぶ、唯一の道よ」
ミルはそう答えた。
話は通じる。日本語だ。しかし
その名前は聞いたこのないものばかりだった。

一体ここはどこなんだろう?
そしてダイスはなぜこんなところに来てしまったのだろう?
無事、帰ることが出来るのか?
さまざまな疑問が浮かんでは消えていった・・・。

                        

シャクシャクと草を踏みしめながら歩く。
道などないに等しい草原。
ダイスはミルフィーユの隣をものめずらしそうに歩いていた。
「なぁ、ミル?」
「ん?なぁに?」
「ミルは何で旅なんかしてんの?」
「ん〜。いい質問だね、ダイス君!何でだと思う?」
なんでいきなり先生口調なんだよ、と思いつつ答える。
「大魔王でも倒しに行くとか?」
もちろん冗談のつもりである。しかし・・・。
「っ!・・・。よく、わかったね。その通りなの」
「え!!マジで?冗談のつもりだったのに」
驚いた顔そして、ミルフィーユはその過去を話し始めた。

「私が住んでいた村、ポテチ村っていうんだけど、半年ほど前に
魔王の手下に襲われて、お父さんも、お母さんも。
仲のよかった友達も、みんな・・・」
つらそうに顔を伏せるミルフィーユ。
しかし、ダイスにはかける言葉がなかった。
戦争や命にかかわる争いごととは無縁の、平和な国で育ったのである。
彼女の気持ちなどわかる訳もない。
「ミル・・・。その、なんていっていいか・・・」
「ううん。いいの。」
涙を拭いて顔を上げたミルフィーユの瞳には決意が満ち溢れていた。
「だから、私が、ポテチ村の最後の生き残りとして、
せめて魔王に一矢報いてやろうと思って」
愛用の弓に手を置く。


風が二人の間を駆け抜ける。
今この場にふさわしくない、さわやかな風だった・・・。


「ミル・・・。オイラ・・・っ!」
「嘘」
時間が一瞬だけ止まったような気がした。
「・・・・・・。
・・・。
へ?」
「だから、全部嘘!」
「どこから?」
「魔王に村が襲われたところから!」
「どこまで?」
「私が魔王を倒しに行くところまで!!」
「全部?」
「ぜんぶ!!」

「そもそも魔王なんていないし」
「いないんだ・・・」
「うん!」
「じゃあ、何で旅してるの?」
「彼氏に会いに行くのよ」
「かれし、ですか・・・」
「うん!」
「普段はバナナ城に勤めてるんだけど、今度パイナップル城で
行われる『天下一闘技会』のために、パイナップル城まで来るんだって!
だから、それに会いに行くの!!」
「バナナ、パイナップル・・・しかも天下一闘技会って・・・。
このセンスどうにかならないのか・・・?」
大きなお世話です。
「とりあえずはこの先の野苺町まで出ましょ」
「中継地点か」
「そういうこと。
でも、その前に大事なことが一つ・・・」
「なんだ?」

「ダイスがまじめな顔で言った、
ミ ル・・・。オイラ・・・っ!
の続きが聞きたいんだけどなぁ〜♪」
ご丁寧に身振り手振りまでついている。
「あ、あれは、そのっ!!」
「ふふふ。ねぇ、続き、
き・か・せ・て」
艶っぽい流し目でつつつっと隣に擦り寄ってくる。
「そ、それは、ほら、あれだよ!!
一人きりのミルをほうっておけないって言うか・・・。
ゴニョゴニョ


「みて!ダイス!!野苺町が見えてきたよ!!」
いつの間にかミルフィーユはかなり遠くまで行っていた。
「・・・。この女ァ・・・。」
しかし不思議と悪い気はしなかった。
「相手がミルだからかな?」
「ほら、早く、早く!!」
向こうで大きく手を振っている。
「わかってるよ!!」
そのミルフィーユに向かってダイスはゆっくりと駆けていった。

           
軽快な音楽が今にも聞こえてきそうなのどかな町。
皆一様に質素な服を身につけ、
牛にも似た大きな生き物を使ってワラやら食べ物を運んだりしている。
道の傍らでは露天商がアクセサリーやら本やら薬草を売っている。
フリーマーケットのようだ。
「ここが野苺村のメインストリートよ!ここにくれば
生活雑貨から食べ物、旅の装備まで何でもそろうんだから!」
夕食時なのだろうか、主婦のようなおばさんから、仕事帰りの農夫
さらには鎧を身に着けた冒険者風の人たちまで視界に飛び込んでくる。

「今日は人多いなぁ・・・。宿屋、空き部屋あるかしら?」
「今日は、って、普段はこんなに人多くないのか?」
「うん、こんな大陸の果てのほうまで来る物好きもあまりいないわ。
これ『天下一闘技会』があるからかしら?」
「いちいち強調しなくて良いよ・・・。
んで、その天下一闘技会って、そんなに大きな大会なのか?」
「そりゃもう!!
この大陸だけじゃなく、他の4つの大陸からも腕に覚えの有る
兵共(つわものども)がやってくるんですからね!それを見に来る人たちもかなりの数になるのよ!」
「へぇ〜」
K−○やプラ○ド見たいな物か。

とはいえ、都会っ子のダイスにとってはこれぐらいの人ごみは珍しくも無いのだが。
「なんてったってその大会を見るためのチケットが2万Kc(コムコム)もするんだから!!」
高いのか安いのかも良くわからない。
「それって高いの?」
わからないことは素直に聞いてみよう!
「高いわよ!家が何軒建つと思ってるの!?」
「え!!そんなに高いの!?」
「それは大げさだけどね」
「なんっだよ!」
「それでも、1万Kcもあれば一日贅沢が出来るわよ!
美味しいもの食べて好きな洋服かって、ほしかった家具も宅配して
ホテルの一番高い部屋にも泊まれるくらい!!」

身振り手振りも大きく楽しそうに話すミルフィーユを見て、ダイスもなんとなく楽しい気分になってくる。
「その大会にミルの彼氏も出るのか?」
「う〜ん。どうなんだろう。お城で一番強い人が出るみたいだし
エクレアじゃ無理かもね!」
「そんな強くないんだ?」
「そんなことないよ!派遣先のバナナ城では
『王護親衛隊』っていう、国の守りの要で隊長をやってるんだから!!」
「なんか説明に力が入ってるなぁ。でも、国王直属ってすごいな!」
さも自分のことに様に嬉しそうに話す。

「そうよ!私の彼氏はすごいんだから♪
っと、ついた!!ここ、ここ!」
二人で話しに夢中になっている間に目的地に着いたようだ。
「武具屋のローズ・・・?」
「そう。これから一緒に冒険するんだから、ダイスもいいもの装備してくれなきゃ!
ダイスのピンチは即私のピンチになるんだからね!」
ミルフィーユの武器は肩から提げている身長と同じくらいの長弓だ。
近接戦闘は苦手な様である。

「攻撃力は問題ないみたいだから、防具がほしいわよね〜・・・」
「防具を探すのはいいけど、オイラ金ねーぞ?」
「あぁ、それは大丈夫よ。それに、武具に金をかけるのは
冒険者の常識!!
お金より命のほうが大切なんだからね!!」

ずずい!!と身を乗り出すミルフィーユ。
確かにその通りなので、ダイスは何も言い返せなかった。
「あら、ミルちゃん。よく来たね!」
「あ、ローズばあちゃん!お久しぶりです!」
「ミルちゃん、村から出ても平気なのかい?」
ローズばぁちゃんと呼ばれた老女は親しげに見ると話している。
まるで祖母と孫みたいだ。

「もう十六歳になったもの。平気よ!」
「もうそんな歳かい!前会った時はこんなに小さかったのにねぇ。
月日が経つのは早いものだよ。」
「今度またゆっくり来るね」
「そうだね。今日は何の用だい?」
「彼のね、防具がほしいの!」
「ほう・・・!」
じっと見つめられるダイス。
ローズは下から上までじっくりと興味深げに眺めている。

「あ、あの・・・?」
さすがに耐えられなくなったダイスが声をかける。
「あぁ、悪いねぇ。人間を見るのは久方振りだったもんでの」
「???」
「おぬし、武器はなんじゃ?」
「え?特に何も・・・。」
「おばぁちゃん、ダイスは素手でもすっごく強いんだよ!!
あのストロベリーハウンドを一撃で倒しちゃうんだから!!」
ワン・ツーとパンチを放ちながらの力説。
ただ、ダイスにはそれがすごいのかすごくないのか良く分からなかった。
「それはたいしたもんだね!!」
老婆も驚くところを見ると、かなりすごいことなのだろうか。
「武道家ならいい武器があるよ。とはいえ、攻撃力は皆無だがね
衝撃吸収力に優れているから、反動で手を傷めることがなくなるだろう」
そう言って差し出されたオープンフィンガーグローブ。
掌(たなごころ)の部分に不思議な金属があてがわれていた。

促されて両腕にはめてみる。
「これ、いい・・・!!」
はめた瞬間に分かった。
まさに自分のためにあるのではないかと錯覚するほど手に馴染む。
「これは練習用の人形じゃ。ちょっとやそっとでは壊れんように出来ている。
ためしにこいつを一発殴ってみるといい」
店の片隅に置かれた鎧を着せられたかかし。
「魔法で強化されてるから、思いっきりやらないと傷一つつけられないよ!!」
ミルフィーユにもはやし立てられ人形の前に立つ。

「じゃぁ、一発だけ・・・。」
左足前のスタンダードな構え。
人形までの距離は二足飛び。
足を差し替え、右足前になりながら身をかがめ
体全体を竹のようにしならせ、その反動を利用して順突きを放つ!!

当たる瞬間に回転を加えられたコブシは人間の急所、鳩尾をはるか後方まで貫く!

結果、「魔法で強化(エンチャント)」された人形はコブシが触れた部分だけが抉られた様になくなっていた。
ミルフィーユもローズも
言葉もなくダイスを見つめている。
「あ、貫いちゃった・・・
なんか、わりぃな!店のもの壊しちゃった!!」
なんとなく空気が悪くて笑って誤魔化すしかなかった。
「で、でも、これいいな〜!
こんだけ本気で殴っても手、全然痛くないもん!!」
「ダイス、本当にすごいのね・・・」
「これが貫かれるとは思わなんだわ・・・」

ダイスは、拳技LV5『ペネトレイト・ナックル』を習得した!!

ためしに、とミルフィーユが人形の前で弓を握る。
弓としてはかなりの近距離だ。
力一杯弓を引き絞り、矢を人形の頭部に定める。
その姿は獅子が獲物を狩る前の悠然とした姿にも似た美しさがあった。
そして放たれた矢は寸分違えることなく狙われた場所へと吸い込まれるように向かい

弾かれた。


「この距離の弓矢がかすり傷一つ負わせられないくらいの防御力が
この人形にはあるのよ!
それを素手で貫くなんて・・・」
ため息を一つつく。
「長いこと生きてきたが、いいものを見せてもらったわ!
坊やの防具は皆わしがそろえてやろう!
選別じゃて!」
楽しそうにそういうと、老婆は店の奥に消えていった。
「どっちにしろタダじゃない!調子いいんだから」
困ったように笑うミルフィーユの言葉に疑問が浮かぶ。

「どっちにしろタダって、どういうことだ?」
「そうか、記憶喪失なんだっけ。
人間はあらゆる面で生活が保障されているのよ!」
「?ミルだって人間だろ?」
「確かに人間の形はしてるけど、ほら」
そういって耳を指差す。
「私は『エルフ』だからね」
「なんか違うのか?」

「人間はもう絶滅寸前なのよ。貴重種なの。
だから、何もしなくても人間として生まれてきただけで一生遊んで暮らせるのよ!
だから、人間はセントラルシティからあんまりでないのよ。
ダイスみたいな冒険してる人間って、すっごく珍しいんだから!」

「そうなんだ・・・」
「そうなの。武具もタダだし、宿屋もタダ。
人間だという証明が出来ればね!」
「証明できるもの・・・?」
「ダイスも持ってるはずよ。職業カード」
「職業カード?」
「首からぶら下げてない?」
ミルフィーユは自分の首から下がっているカードをダイスに見せる。
「ん、なんか有る」
服から取り出してみる。
「これかぁ!」
しげしげと眺めてみる。
これといって特に変わった所はない。
(免許証みたいだな・・・)
人間界のそれに酷似していた。この世界の身分証明書みたいなものだろう。

「これで・・・」
ダイスがさらに詳しいことを聞こうとすると、奥からローズが戻ってきた。
「宿屋でゆっくり、ね?」
「あぁ」
「坊やに丁度いいのがなくてな・・・。
その服にわしが直接強化魔法をかけてやろう!」
「へ?これに?」
「わぁ!!ダイス、すごい!ローズばぁちゃんに直接エンチャントしてもらえるなんて!!
いいなぁっ!
おばぁちゃん、私にもエンチャントしてよ!!」
「ミルちゃんは5万kcね」
「えぇ〜!!ぶ〜ぶ〜っ!」
「いいからはじめるよ」
「は〜い。ほら、ダイス、その魔方陣の上に立って!」
「ここ?」
店の中央に描かれた魔法陣の上に立つ。
と、いきなり光を放ち始めた。
何事か理解できない言語でつぶやくローズ。
その言葉に反応し光が少しづつ強くなっていく。

「!!!」

最後に目も開けていられない程の閃光が店を包むと
後は何事もなかったかのように当たりは静まりかえっていた。
「成功じゃ。これで坊やの『布の服』は
今から『布の服+3』じゃ!」
「すごーい!+3もしてくれたんだ!!相当気に入られたんだね、ダイス!」
小声でそっとミルフィーユにたずねる。
「これってどれくらいすごいんだ?」
「お金にすると15万kcくらい!」
「いや、防御力的に答えてほしいな・・・」
「ん〜・・・?わかんない!」
「わかんないのかよ!!」
「まったく・・・。そうじゃの、鉄で出来た『フルメイル』と同じくらいじゃ」
「ふるめいる?」
「フリルの突いた鎧よ!」
「へぇ〜」
「ウソを教えるでない!『フルメイル』とは全身を覆うタイプの鎧のことじゃ!」
「うそかよっ!」
「てへ♪」
「そういうところは昔から変わってないのぉ・・・」
「昔からこんなんだったのかよ・・・」

ローズの店を出た二人は、食料や必要な道具も買い揃え
「さて、ダイスの装備も揃ったし、そろそろ宿屋に行きましょう!
職業カードの話とかききたいでしょ?」
「そうだな!ぜひ聞かせてくれ」
宿屋へと向かった。


「いらっしゃいませ。一泊一部屋500kcになります」
「ダイス、ほら!カード見せて!」
「え?あ、あぁ。
すいません、これ・・・」
例の職業カードを見せる。
「コレはこれは。まさかヒューマンの方が当店来られるとは!
お客様からお代を頂くわけにはまいりません。空いてる部屋にご案内いたしますので
どうぞこちらへ!」

というわけで、お金も払わず部屋に通された二人は、荷物を置いていて一息。
「しかし、このカードってすごいんだな!」
小さなカードをまじまじと眺める。
「でもなんで、こんなに優遇されるんだ?」

髪を梳いていたミルが、視線だけダイスに向けながら答える。
「簡単よ。純粋な人間って、数がすっごく少ないの。
絶滅間際といっても過言じゃないわ!
だから、世界全体で保護されているのよ」

少し、意外な話だった。
大体ファンタジー小説や、RPGゲームなんかをやってても、
人間というのは世界のどこにでもいて、むしろエルフやそれ以外の亜人種のほうが
世界の片隅で、自然とともに暮らしている、そんなイメージである。

「この世界には、大きな大陸が5つあって、そのど真ん中にある
セントラルシティでほとんど人間はくらしているわ。
だから、ダイスみたいに、冒険なんかしてる人間はずっごくめずらしいのよ!」
一生仕事しなくても生きていけるんだもの、と結んだ。

「でも、オイラ・・・」
「思い、だせないんだ?」
「・・・。ミルと会う少し前、あの草原で、居眠りでもしてたみたいに目を覚まして、
それより前のことは一切・・・」
「そっかぁ〜珍しい人だね」

そういってミルフィーユは屈託なく笑う。
大変だね、とか、可哀相、とか。
慰めや同情の言葉はない。
ダイスには、かえってありがたかった。

「このカードって、誰でも持ってるのか?」
「誰でもって、って訳じゃないけどね。16歳になったら、送られてくるのよ。」
「送られてくる?どこから?」
「さっき言ったセントラルシティって言うところから。なんでも、この世界の人間はすべてそこで管理してるんだって!」
「すべて、管理?」
「そう、どこにいて、何をしているか。なんか、このカードに『ちっぷ』って言うのが組み込まれてるんだって」

ミルはこともなげに言ったが、今のは重大発言だ。
「『チップ』!?また近代的な言葉が出てきたな!」
ダイスの世界で言うところの、ICチップみたいなところだろうか?
それにしても、どこで何をしているかまでわかるなんて・・・。
「まるで監視でもしてるみたいだな・・・。気持ち悪くないか?」
「え〜?だってそれが普通でしょ?申請した職業を変更届なしで変えたりしないようにだって!
悪いことしたら、すぐ分かるようにもなってるから、犯罪もほとんど無いのよ」

ミルは普通だといっているが、ダイスには君が悪かった。
今、ダイスがここでこうしてミルフィーユと話していることも、全部知られているのだろうか?
こうしているこの瞬間も、ダレカガ・・・。

「・・・イス?ダイスってば!!」
ミルフィーユ強くに呼ばれて、我に返った。
「あ、あぁ・・・。なんだ?」
「今日はもう寝ましょ?明日も早いし、他に知りたいことがあったら、道すがら話したげるわよ」
「そうだな。もう寝る、か」
考えなければいけないことはあるかも知れないが、それ以上に体疲れている、
重い手枷、足枷でもついているかのようだ。

「私も疲れちゃった・・・。おやすみなさい・・・」
そういってミルフィーユは隣のベッドで横になる。
「あぁ、お休み、ミル・・・」
少しずつ思考が薄れ、意識が闇に飲み込まれていく。
・・・。途中で。

「って、一緒の部屋で寝るんかいっ!!」
大変な事実に気がつく。
「ん〜?部屋別に取ったらお金かかるじゃん〜」
半分意識の無いままミルフィーユが答える。
「そ、そういう問題じゃなくてだな、今日はじめて会ったばかりの男とおんなじ部屋で寝るなんて
非常識きわまりないと思わないか!?」
「・・・。く〜・・・」

「ね、寝てる・・・」
なんと無防備な姿か。
こんな状態なら、寝込みを襲うなり、金品を強奪するなり、どうとでも出来そうだ。

「だいじょ〜ぶ・・・。ダイスはそんなこと、しな〜いよ〜」
意識があったのか、寝言なのか。
「だから、何で今日あったばかりの俺をそこまで信用できるんだよ・・・」

今度は返事は無かった。
「まったく」
しかし、そこまで信頼されてては、裏切れない。
ダイスは、そのままベッドに勢いよく倒れこむと、今度こそ本当に
意識を失うように夢の世界へとまどろんでいった。





2へ続く

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